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発明は誰のものか? [科学技術雑感]

2014年のノーベル物理学賞の1人になった,青色LEDの中村修二氏の発言が話題になっているようです。折りしも,従業員の職務発明の特許を会社のものにする法律が作られようとしている中で,中村氏がこの件に猛反対していることに関してです。

氏の今までの発言や経歴からすれば,その主張は当然でしょう。違和感を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが,実際にアメリカの大学で研究活動に従事しながらの発言,それなりの重みを持っていると思います。

氏の発言に違和感を持つ方の立場としては,経営者などの方,あるいは会社に滅私奉公タイプの従業員の方?あるいは研究開発とは関係ない外野の方々でしょうか?

「個人で発明が出来るわけがない。カネや研究環境を用意した会社のものであり,貢献した社員には会社で内部的にそれなりに処遇すれば良い」ではないかと。それはそういう考え方も成り立つでしょうし,今までも殆どのケースで実質そうであったと言えます。

しかし私は,むしろそちらの主張に違和感を持ちます。「中村は,会社のカネと設備で手柄を立てておいて,独り占めしようとしている」などというのは,やっかみか,研究開発現場を知らない人の発言でしょう。そして経団連の幹部などの経営者の側は,訴えられて高額な補償金を要求されたらかなわないから,法律を変えてしまえと,政府に働きかけているようです。

随分と無茶な話です。研究開発系企業ならば,その利益の源泉である発明を生み出す技術者を最も大事にしなければならないはずですが,発明は取り上げてしまえと。どれだけ技術者をバカにしたら気が済むのでしょうか。技術者をバカにするのは自由ですが,それがゆくゆくはご自分たちあるいは次世代の人たちの首を締める事になるのがお分かりにならないのでしょうか?目先の高額訴訟を防げればそれで良いということでしょうか?

そのような一部の愚かで身勝手な人たちの意見で国の法律を変えたら,一国の進路を誤る事になるでしょう。そのような貧困な発想をされる方々が影響力のある立場にいることに愕然とします。

仮に,そんな法律を通してしまったって,「法の不遡及」がありますから,職務発明に関する訴訟はすぐには無くならないはずです。現在ノーベル賞が出たり,我々が何とか食っているのも過去の遺産です。この様な法律が通ってしまえば,これからはインパクトのある発明自体が減りますから,この方々が期待する法律の効果が出て来る頃には,企業などの研究開発現場はしぼんで再起不能な状態に陥っていることでしょう。そんな状態で技術者にノルマを課したってロクなものが出るわけがありません。

中村氏は,自分が黙ってしまったら世の技術者の為にならないとして,敢て強烈な発言しているのだと思います。金を握る経営者とそれに動かされる政治に技術者の声は届きません。カネを儲けるのは経営者だけで,技術者は会社の為に黙々と働けと言うことなのでしょうか?USのベンチャーだって技術者にストック・オプションを与えて,会社が伸びればその利益を自動的に還流させます。

個人が一人で業務発明は出来ないのは事実です。では組織で,ふんだんなカネと素晴らしい環境と優秀な人材を与えたら?常に素晴らしい発明は出てくるのでしょうか?

それはありません。幾ら良い環境でも良い発明など滅多に出ません。最低限の条件には恵まれているにしても,どこかにハングリー精神が無いとダメです。やはりキーは人間なのです。ですから,困難な開発を成し遂げた人間に対して,それなりの報償をするのは当然の事なのです。金銭欲には個人差もありますから,少なくとも,開発者の名誉のためにも発明を発明者のモノにするのが当然のことなのです。

会社の環境で得た発明だから,全部会社が取るというのであれば,ノーベル賞の賞金だって会社が没収すれば良いのです。それは笑いものになるだけだから,まさかと思っていましたら,実際その様に言っている経営者もいるようです。もっとも,そのような方針の経営者さんが居る環境からは決してノーベル賞など出ないでしょうから余計な心配かもしれません。

執念でなし得た,可能性が低かった開発を,結果論で,会社の環境が良かったから成功したので,会社のものだというのは後出しジャンケンです。何十億何百億円もの貢献に対して数千円数万円のタダ同然の出願時補償金でほっかむりを決め込むのは,組織の名の下での個人からの搾取です。得た特許のライセンスで小説の版権並みの報酬を得たってバチは当たらないでしょう。画期的な発明をなし得た技術者が経営者並み以上の厚遇を得て何か悪いのでしょうか?

もちろん,どれだけ大きな利益が転がり込むかも結果論であり,最初の種は撒いても,儲けに結びつくところは多くの人の貢献があることも事実です。ですから,発明者だけがその利益の多くを取るというのも無茶な話です。当の中村氏だって青色LEDがここまで普及するとは思っていなかった様です。だから,開発者には花を持たせて,実は会社なり組織が取ると。従来はそのような運用だったのです。それを花も実も会社が取ろう,高額な訴訟があるから職務発明を会社のものにしようというのは,角を矯めて牛を殺す愚であり,社会の正義に反するのみならず,天に唾する愚と言えます。

日本の技術は西洋の単なるモノマネだと言われた時代も長かったものです。
しかしそれは,日本が明治以降急激に近代化し,まだ欧米のレベルには達していないとみなされた事や,戦争責任の問題などがあったせいでしょう。Made in Japanが地位を確立したのは,日本人の真面目さと,細部を磨き上げるたゆまぬ努力によりますが,実は平和だった江戸時代には既に西洋並みの基礎学問レベルを持っていたのでした。明治以降の近代化や敗戦後の経済成長は,これも結果論になりますが歴史に裏付けされていたのです。後発の日本に対する欧米勢のやっかみや誤解もあったことでしょう。

第三次産業などはどうなのか知りませんが,少なくとも製造業では,あらゆる分野の完成度が上がりました。部品の完成度の高さは特筆すべきものであり,最終製品の完成度を上げました。部品の完成度の高さは,遡れば素材の品質の高さです。

街にはどこにもゴミが落ちていなくなりました。綺麗な工場で作った製品の品質が高いのは自明な事だと思われます。日本の世の中には,誰も見てないからゴミを捨てようという人は殆ど居ません。奇麗すぎるのも問題かもしれませんが,とにかく綺麗になりました。Made in Japanの信頼性の根源はこの辺の国民のモラルの高さが基礎にある事は間違いないでしょう。

何度も言いますが,「中村ケシカランから職務発明など取り上げてしまえ」というのは,開発現場を知らない方々の貧困な想像に基づいた意見です。しかし企業の経営者の一部の方がその様な意識だというところに日本企業の宿痾があります。最初になし得た人の業績が格段に偉大であり,そこに実用化に貢献した多くの人々の重要な貢献があることはどんな開発であれ当然のことなのです。

良く言われる様に,彼の特許が実際の青色LEDの生産には使われていないのかもしれません。しかし,新技術とは案外そう言うものなのです。出来ると分かってしまったら,もっと良い方法だって見つかります。影の功労者は沢山いるはずです。それは,日本の様々な基礎技術の高さやモラルの高さがそれを支えているのですから,その中からヒーローが現れたら,皆で喜ぶべき事です。

年収何億も取る経営トップは,会社の業績を一人で成し遂げたのでしょうか?
株式会社は世の中からカネを集め,人を集めてやっています。調達するモノやサービスの品質は向上し,周辺技術が発達しているから,自社技術も底上げされて,相乗効果によりさらに発展します。その様な社会的資源を使って経営面でうまく立ち回った人は沢山収入を得ても良くて,世の中を変える新技術の種を撒いた人は収入を得る必要がなく,職務発明は取り上げてしまえと言うのは大変おかしな話です。

困難な発明を成し遂げる技術者を優遇しろとは言いません,せめて正当に評価して花くらい持たせてやるべきです。そのくらいの懐の深さが無くて,高額請求の裁判が嫌だと言って,発明の芽を摘む様な愚かな事をしたら,ただでさえ理科離れ工学離れしている子供たちに夢を与えられません。将来を暗くしてしまいます。

一流のプロ・スポーツ選手が,大企業の経営者が,年収1億円以上とっているのですから,長年勉強して苦労してその才能を使って人類の生活を変えるくらいの良い発明をした技術者が一生食えるくらいの収入得て何のバチが当たるというのでしょうか。
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アヨアン・イゴカー

>困難な発明を成し遂げる技術者を優遇しろとは言いません,せめて正当に評価して花くらい持たせてやるべきです。
仰る通りだと思います。リストラをして多くの社員を不幸にしながら、自分は業績をV字回復させた報酬として莫大な年収を得ている経営者も多く居ます。
それに比べ、多くの人々の生活の向上に貢献する発明をした人がその正統派報酬を得られないのは、間違っていることだと思います。
尚、私の祖父は発明家(曲面に印刷する技術で特許を取りました:曲面印刷)で特許を数百持っていたと思います。祖父は小さな会社を設立しました。
by アヨアン・イゴカー (2014-11-18 18:21) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,nice!&コメントありがとうございます。
御祖父とは桁が少ないですが,私がとある企業に在籍した時数十の特許を出願して,うち何件かでは,企業はかなりの収入も得ているはずですし,うちハードディスク装置に関わるUS特許の1件はそののち世界中から出た数十件の特許の参考として引用されていますので,それなりに業界に果たした役割はあったと自負しています。しかし私が得たのはやはり,出願時の数千円のみです。どの特許に関してもその後1円も受け取っていません。
私は今何とか飯は食えているので,敢えて企業を訴える気はないですが,自分の特許がささやかながら世にインパクトを与えたのだという自負はあります。しかしそれも,自分の特許だからであって,最初から会社のものになってしまうのならば,良い技術者は良いアイデアを思いついたら,会社を出てしまいますね。さんざん技術流出して苦境に陥った企業を,ヒト減らしや人件費削減した者が高い報酬を得るというのは全くの社会悪だと思います。特許法の改正案も全くの愚策,悪法だと思います。
by Enrique (2014-11-18 19:10) 

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