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日米の原子力発電への取り組み状況 [科学技術雑感]

ふと原子力発電に関して感じたことを書いておきたいと思います。

私の手元に,アメリカのIEEEが出している電気工学ハンドブック"The Electrical Engineering Handbook"があります。

◆米国IEEEの電気工学ハンドブック

IEEEというのは,無線LANの規格などでもおなじみですが,日本でいえば,電気学会と電子情報通信学会をプラスして,さらに関係学会を全部ひっくるめて,さらに電気電子系のあらゆる規格策定も行う団体で,世界最大の学会です。

3年前に福島第一原発の事故が起きた時,殆ど知らなかった原子力発電所についてちょっと調べてみようと思って,同ハンドブックを広げてみて,ちょっと意外な感じがしました。全体が2719ページある大著ですが,原子力発電に関する記述文は1ページに満たず,次ページのBWR*の図を入れても,わずか1ページ余りしかありません。全く申し訳程度に触れていると言った扱いです(下図の色付けした部分)。



◆日本の電気学会の電気工学ハンドブック
IEEEのものに対応すると思われるものに,日本の電気学会の電気工学ハンドブックがあります。日本の電気学会の設立は1888年で,IEEEの前身の中の最も古いAIEEの1884年とも大差ありません。その日本の電気学会の電気工学ハンドブック(第6版)はというと,全体が2290ページある中で「原子力発電」は第27編として71ページ割かれています。執筆者11名のうち9名が東京電力などの電力会社,核燃機構,原研,経産省などの人たちによって書かれています。残る大学の2名も原子力工学で有名な方々のようです。


ちなみに,水力発電が48ページ,火力発電が69ページです。発行当時(2001年)の電力の構成比率からしても,その記述量は妥当なものだと思います(下図の目次参照)。


◆記述量の大きな差
そもそも原子力発電と言っても,電気工学から見れば火力と同様,汽力発電の一種で,原子力だからといって特に電気工学面で何かの特記事項があるわけでもなく,火力にしろ,原子力にしろ,炉に関する部分は,機械工学なり原子力工学なりの範疇ですから,アメリカのIEEEの電気工学ハンドブックに原子力発電に関する記述がごく少ないというのもさほど不思議ではないのですが,なぜ日本の電気学会の電気工学ハンドブックがそうしたように外部の専門家に任せることもせずに1ページ余りしか記述が無いのでしょうか?

執筆しているのは,アリゾナ州立大の,G. G. Karadyという方お一人です。「従来型発電」全体が13ページと,火力や水力含めても発電方式に関する全体の記述量が自体が少ないというのもあります。それにしても,火力が6ページ,地熱が2ページ,水力が3ページと比べても,原子力が1ページ余りと言うのは,少ないです。

また,日米の電気工学ハンドブックを比較して気づく事は,その記述量もさることながら,執筆者の方々は,米のIEEEのものが1名なのに対して,日本の電気学会のものは電力会社の方を中心に,水力,火力,原子力への配分が8人,9人,11人と合計28名の方が執筆に関わっています。この我彼の差は何なのでしょうか?

◆原子力発電技術はおおかた日本に移っている
アメリカは進んでいるから,もう電力技術とりわけ原子力発電技術はいずれも過去のさほど重要でない技術であり,日本ではまだまだ重要な技術なのだという見方ももちろん成り立ちます。IEEEの中にも,Nuclear Scienceという部門がありますし,原子力の研究者は少なくないでしょうが,むしろ発電に関する専門家が少ないうえに特に原子力「発電」の専門家が少ないのではないかと見られます。アメリカの電力会社は,とうに分割民営化されており,学会のハンドブックに技術文書を書けるような人はいないのかもしれません。では元々の原発プラントを開発した民間会社はどうかというと,GEは日立と合弁のGE-Hitachi Nuclear Energy社を2007年につくり,もう一方のWestinghouse社は2006年に東芝に原子力発電部門を売却してToshiba America Nuclear Energy社となって本体は消滅しています。原子力発電技術はすべて日本に渡っているのです。

アメリカでの原子力発電技術は,少なくともIEEEの電気工学ハンドブックに見る限り,とうに過去の技術となっており,企業合併など見ると現在では日本が,元祖アメリカを含め海外に原発技術を供与する側になっているのです。

◆何時からそうなったのだろうか
日本の原子力のスタートは,米国からの濃縮ウラン貸与の1955年11月14日調印の日米原子力研究協定のようです。 朝鮮戦争が 1953年7月27日休戦,米ソの核開発競争は激しく1954年3月1日にはビキニ環礁で米の水爆実験に遭遇してしまった第5福竜丸の事件が起きました。米側は軍事機密を理由に情報を出さず,原子力技術が欲しい日本側も早期の幕引きを図りました。もちろん,敗戦の1945年8月の2発の原爆の記憶はまだ新しかったころだろうと思いますが,原子力の平和利用という新しい衣を着てスタートを切ったのです。

第5福竜丸の件などで放射能の危険は認めつつも,経済発展には欠かせない夢のエネルギーだとされました。日本全体が,敗戦10年でまだ貧しかったのです。

1958年日米動力協定,その後改正などが繰り返されているようですが,現行の日米原子力協定は1988年7月17日発効ですが,調印されたのが1987年11月4日。何の偶然かこの2日後,かなり長期政権だった中曽根内閣が退陣しています。この協定の次の契約更新は30年後ですから2018年です。

◆なぜそうなったのだろうか
日本の原発は,福島の例を見ても分かる通り,1960年代から稼働**していましたが,アメリカのスリーマイル島原発でシビアーアクシデント(これをTMIアクシデントと言うようです)が起こったのが1979年3月,チェルノブイリ事故が1986年4月です。そして現行の日米原子力協定の調印が1987年11月です。

チェルノブイリ事故が起きた時,日本の原発方式はソ連のものとは全く異なり,あれは前近代的な設備とずさんな人為的対応で起こった事故であり,日本では決してあり得ないと盛んに報道されました。確かにソ連のものとは方式が異なりましたが,日本に導入した型のアメリカの原子力発電所でも1979年のTMIアクシデント以降も,それに近い様な事故が1985年3月にはアラバマのAthensのBrowns Ferry発電所,1986年4月にはマサチューセッツ州PlymouthのPilgrim発電所,1987年3月にはペンシルべニア州DeltaのPeach Bottom発電所と立て続けに事故は発生していました。特にアラバマの事故は,損害額18.3億ドルと,TMIの24億ドルにかなり近いものがありましたし,マサチューセッツ州のものも同10億ドルと決して少なくありません。ペンシルべニア州のは$4億ドルと,損害額こそ小さくてもTMIと同州でもあり,「またか」というのが自然な感情だったのではないでしょうか。

TMI以降,アメリカでは,ジェーン・フォンダなどの有名人も含んだ原発反対運動が起こりました。
1986年1月にはチャレンジャー号の爆発事故が起きています。時の政権はレーガンで,あのレーガノミクス政策。1987年10月19日はNY株価暴落のブラックマンデー。ダウ平均507.99ドル安(-22.61%)の1,738.74ドル 。それを受けた日本の日経平均は3,836.48円安(-14.90%)の21,910.08円でした。

2014年12月5日現在の日経平均終値は17,920.45円,ダウ平均が17,958.79ドルです。円とドルの違いはありますが,数字は同じくらいです。NY株式値はブックマンデー時の10倍になっていますが,現在の日経平均は当時の暴落時の価格にも達していません。単純に言えば,現在の日本のアメリカに対する経済力は,相対的には当時の1/10以下ということです。

現行の日米原子力協定が署名された1987年頃は経済的に強い強い日本でした。既に日本の原発はたくさん稼働しており,現行の協定が決定的だったかどうかは知りませんが,アメリカ側は面倒な原子力発電技術をあらかた日本に供与したとみて良いでしょう。


*アメリカから日本に渡った炉のタイプには,この沸騰水型炉BWR(現在GE-日立製造,東電他採用)と加圧水型炉PWR(現在WH-東芝製造,関電ほか採用)があります。
**事故を起した福島第1第1号機は,67年着工71年運転開始。
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Ujiki.oO

Enrique さん、こんにちは。
なるほど、勉強になりました。 米国では自分が起業したビジネスを「後生大事にする」帰属意識は無くて、「最高の高値=これ以上は下り坂」の状態で、上手に「売り抜ける」気風があるように感じておりました。 「成長時期による利益」と「維持によるコスト上昇」の分岐点で、全てを売ってしまって「その時点で(莫大な)利益を得て」悠々自適。 そんな成功者を見ることが米国ではございます。 上手に、乗せられて、大枚を叩いて自分のモノにしたは良いけど・・・・後の時代に続く奈落をも引き受けたわけですか・・・・ ばか者ですね。
 日本海なり、海に眠る無限のハイドレートを掘削する方が、安定発電が可能ですよね。 今現在の「無くなっては(うまい汁が吸えなくなるから)困る」利益に、目先の「金のなる木」にしがみ付いている訳ですね。 「クリーンエネルギー電力を買い取らない」と法律を180度変えようとしている有識者(?)集団も、きっと「利益のおこぼれ」に涎しているだけの下衆なのでしょうか。 日本は交渉が毎度、下手ですね。

※ いつもながら解り易くて為になります。 ありがとうございます。
by Ujiki.oO (2014-12-17 12:21) 

Enrique

Ujiki.oOさん,ありがとうございます。
状況からみて,アメリカはメンドウな原子力発電技術を日本に押し付け,日本側は有り難く頂戴したのだと思います。おっしゃる様に,アメリカ人は良いところで売抜けて後は知らんというのは一般民間の事例でも沢山ありますね。
アメリカは実に狡猾です。地震の多い日本で安全が確保されれば,アチラははるかに安泰ですから!さすがに事故の際は,良心が痛んだのか,オトモダチ作戦とかで来ましたが,コワくて近寄りもしませんでした。
しかし日本には一般国民にはその辺の状況は知らせず,従わせる事だけをやっています。知ったら大人しい日本人だって怒るでしょうから,知らせられません。ひょっとしたら,アメリカ側は日本人は納得づくで受け入れていると思っているかもしれませんが,基地など他の懸案もこの調子なのでしょう。
戦前は交渉決裂で戦争吹っかけてやられ,戦後はご無理ご尤もで何でも言う事聞いています。交渉ベタは直りません。
アメリカは当然自国の国益を追求してドンドン要求します。しかし,こちらの都合を主張して粘り強く交渉してアメリカの良識派に訴えれば,そうひどい事にもならないのにと実に残念に思います。現政府とその取り巻きは日本国民に真実を知らせずに我慢させることばかり。ドイツは,原発にしろ,イラク戦争にしろ,アメリカの意向とは逆のことをやりましたが,別に制裁もされていません。
決して知らせないのでわかりませんが,日米原子力協定の次の調印の2018年まで現政権を持たせようというハラなのではないかと思います。
by Enrique (2014-12-17 21:29) 

Ujiki.oO

Enrique さん、こんばんは。 わざわざご訪問下さってコメントまで頂戴しました。 ありがとう感謝します。
 わたしも「投資は回収するべきだし、多くのプラント技術者の財産、火力発電所による排ガス悪化」を考えれば、原子力発電はスマートかもなあ~と感じておりました。 しかし知識を得る内に「事態は自分の常識を超えている問題」が見えてきたように感じます。 日本近海のハイドレート資源を何故か開発しようとしないのは、原子力発電プラントの輸出シフトだとしか考えられないし、太陽光・風力で得るクリーン発電による電力を「不安定だから」と買い取らないと言い出す。 わたしは団塊世代の出産ブームで、建て倒した公団住宅全てを「水素発電」にして、電力会社から電気を買わず、「水素による自力発電と給湯」に移行するべきだと存じます。 マンション群も同じく「自力水素発電」、病院も、学校も「自力水素発電」にして、電力会社に依存しない世界に移行するべき時代だと夢見ております。 そして「水素」こそを「太陽パネル」や「風車」によるクリーン電力で、どんどん「水」から「水素」を生み出せばクリーンなだけの循環社会が完成するのではと存じます。 もう自家用車も「水素」時代に進む時代が目と鼻の先、大きな電力会社にしか電気供給が不可能な常識から早々に脱皮するべきかなと気持ちの良い夢想で満足しております。 これからも宜しくお願い致します。

http://create2014.blog.so-net.ne.jp/RadioactivityInJapan#comm201412261033
by Ujiki.oO (2014-12-26 21:14) 

Enrique

Ujiki.oOさん,ありがとうございます。
原子力発電前提であれば,細かいものをやるのは非効率です。何しろ,一基で1GW前後の出力ですから。あの巨大な黒四ダムが335MWしかないことを考えれば,なぜ小規模発電所を止めてでも,あれをやりたいかが分かります。
うまく運用すれば安定的なエネルギー源(ベースロード電源)であることは確かですが,事故が起これば,供給の激減が起こるわけで,フクイチの時,大規模停電が起こらなかったのが奇跡的でした(計画停電はありましたが)。いわば,原発が止まっても大丈夫な様に他のバックアップ電源を用意しておかなければならないというジレンマです。実際そうだったわけですが。電力計画が原発前提で組み立てられていることが分かります。小出氏は事故前から危険性を指摘していましたし,国会でも電源喪失の可能性をかつての安倍氏に吉井氏が追求していましたが,あり得ないと全否定でしたね。少しでも聞く耳を持っていればと残念です。しかしながら,この件(大問題ですが)に限らずですが,先に解答ありきで突き進むことが全ての思考停止を生みます。不都合な事は考えない方が上手くいくなら,そんな幸せな事は無いですが,残念ながらそうは行きませんね。
都知事選で小泉氏が細川氏を担いで脱原発で登場し,その主張は真っ当なものでしたが,ある意味私はショックでした。首相らですら事の真相は分かっていなかったのではないかと。
by Enrique (2014-12-27 09:05) 

Ujiki.oO

Enrique さん、こんにちは。 亀レスが続いて済みません。 わざわざご訪問下さってコメントまで頂戴しました。 ありがとう感謝します。 これからも宜しくお願い致します。

http://create2014.blog.so-net.ne.jp/RadioactivityInJapan#comm201412261033
by Ujiki.oO (2014-12-28 11:20) 

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