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天地逆転 [科学技術雑感]

唐突ながら,中越地震での上越新幹線の脱線事故の件を思い出しました。
「失敗学」の畑村氏が,失敗に学んだ大成功事例と述べていますが同感です。

いわゆるアカデミックな学問ではないですが,「ハインリッヒの法則」と言うものがあるそうです。労働現場で起こる重大事故1件のもとには29件の軽微な事故が,さらには300件の「ヒヤリ・ハッと」するような事例があるという経験則です。

この経験則の教訓は,小さな危険を放置すると必ず大きな事故が起こると言うものです。従って不都合な事例は隠さずに,小さなうちに潰しておかないと必ず大きな事故に繋がると言うことです。事業者にとって「安全第一」は,ごく当たり前の事ですが,安全対策に大きなコストがかさむ様な場合は,組織ぐるみでのトラブル隠しといった事例が出て来ます。

そこで現れるいわゆる内部告発(ホイッスル・ブローイング)という行為は,ホイッスルブロワーに大きな負担を課してしまうものですから,本来ならばそれに至らない組織内の風通しの良さがあれば一番良いのですが,そうで無ければ,公共の利益の為にこの存在もやむを得ないものでしょう。「内部通報者保護法」と言うものも出来ていますが,本来はそれに至らない方が良いのです。

さて「天地逆転」とは何なのかと言いますと,冒頭で挙げた,2004年の中越地震での,上越新幹線の脱線事故の際の地震の加速度です。当時報道された最大の加速度は,2000ガルだったと記憶しています。仮にこのゆれが,突き上げだったとしたら,重力加速度が980ガル(cm/s2)ですから,その2倍もの加速度が発生したのです。等倍で無重力状態ですから2倍ですと完全に天地逆転したくらいの強烈な突き上げだった事が分かります。仮に横揺れだったとすると,重力加速度の2倍が横に掛かったら,何でもすっ飛びます。現地の和式の墓石は殆ど落下していたそうです。

事故現場
"200 K25 Toki 325 derailed 20041106" by ぱる♂ (Baru) - ja:File:Dassen-TOKI-Shinkansen.JPG. Licensed under CC 表示-継承 3.0 via ウィキメディア・コモンズ.

この時,早期地震検知警報システム「ユレダス」が列車を停めましたが,東京発新潟行きの「とき」は震源の近くを走行中だったために停止が間に合わず200km/hで走行中に地震の直撃を受けてしまいました。しかし,脱線しながらも安全に停まり,けが人は全く出ませんでした。

地震を想定したしっかりとした安全対策がなされていたため,その影響を最小限に食い止めたのでした。脱線事故付近の高架は阪神淡路の教訓で十分な補強がなされていたため,破壊されることはありませんでしたし,車両は脱線したものの,高架から脱落する様な事も無く,車両をダメにしただけで乗客には全くケガもさせていません。「安全神話崩壊」などと報道されましたが,その見解は完全に間違いで,もともと現場に「安全神話」などは無く,運良く事故につながらなかった「ヒヤリ・ハッと」事例を着実につぶし続けている結果が無事故につながっているだけの事です。

95年の阪神淡路の時は,山陽新幹線の高架の支柱が折れてしまいましたが,地震発生が早朝で運転開始前だったのが不幸中の幸いで,新幹線の事故は起こりませんでした。しかし,これはたまたま運がよかっただけで,間一髪の「ヒヤリ・ハッと」だったのです。

東日本大震災時では,震源が遠かったため「ユレダス」の作動が十分に間に合い,走行中の列車は全て安全に止まり東北新幹線の事故は全くありませんでした。およそ人間がやる事で,程度の差はあれ,絶対安全なものなど一つもありません。ある程度のシステムになれば,「ヒヤリ・ハッと」事例がたくさんあるものと思います。それらを放置せずに,一つづつまじめに着実に対策することが重要です。それであっても人知の及ばない自然の脅威というものはあるものですから,それに備えたシミュレーションを十分やっておく事は,当然なことと言えるでしょう。
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majyo

人智の及ばない自然の驚異は別として
私が恐れるのは、やはり人的災害のほうです
過去の原発も大々的に知らされませんでしたが
メルトダウン寸前の事故があり
また、多くのヒヤリハットがあったと聞きます
だからこそ、福島では免震重要棟が作られました
事故の1年前?
あれがなかったらと思うとぞっとします。
しかし、それをもっても、この被害です
原発だけは 運に頼ってはいけないと思うのですが
by majyo (2015-08-17 23:26) 

Enrique

majyoさん,ありがとうございます。
この新幹線の事故を調べた「失敗学」の畑村氏は,福一の原発事故の元政府事故調の長もしています。
http://webronza.asahi.com/science/articles/2015032600003.html
絶対に事故の起きないものなどありません。原発事故も起こるべくして起こったと言えるでしょう。様々な危険性が指摘されながらも,手を打たずに,様々なすべき事をやっていなかった。現場では相当な努力がなされたと思われますが,不都合に目をつぶり,巨大な利権を優先させてしまった結果でしょう。
自然現象は,人の都合などお構いなく起こります。なのに,人の都合を優先させれば,事故は必ず起きると言っていいでしょう。事故を起してはならない事はもちろんですが,廃棄物の問題は棚上げで,あれだけの事故をやっても会社が黒字なら,どこの電力会社も動かしたがることでしょう。
by Enrique (2015-08-18 18:04) 

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